慢性痛はなぜ長引くのか?恐怖回避モデル・疼痛教育・ペーシングから考える臨床アプローチ

慢性疼痛・痛みの科学

はじめに

「痛みがあるから、できるだけ動かさないようにする」

これは、急性の外傷や炎症などに対しては合理的な場合があります。しかし、痛みが数週間、数か月と持続する慢性期においては、過度な安静や活動回避が、結果として身体活動の低下や身体機能の低下につながることがあります。

一方で、「痛くても頑張って動く」という方法が常に正しいわけでもありません。慢性痛では、活動を避けすぎる「回避」だけでなく、痛みを無視して活動し続けた結果、その後に強い疲労や疼痛増悪を生じる「過活動」も問題となります。

つまり、慢性痛への対応では「動くか、休むか」という二択ではなく、痛みのメカニズムや心理社会的背景を理解したうえで、患者にとって適切な活動量を設定することが重要です。

本記事では、慢性痛に関係する恐怖回避モデル、nociplastic pain、疼痛教育、ペーシングなどの概念を整理し、それらを理学療法の臨床にどのようにつなげていくかを解説します。


慢性痛では「痛み=組織損傷」とは限らない

痛みは本来、身体に生じた危険を知らせる重要な防御反応です。しかし、慢性痛では、痛みの強さと組織損傷の程度が必ずしも一致しないことがあります。

例えば、画像検査で椎間板変性や関節の変性所見が認められていても、それだけで現在の痛みの原因を説明できるとは限りません。

痛みは、末梢組織からの侵害受容入力だけでなく、中枢神経系における疼痛処理、過去の痛み経験、認知・情動、睡眠、ストレス、活動状況など、さまざまな要因の影響を受けます。

このような疼痛の複雑性を理解するうえで重要なのが、疼痛メカニズムの分類です。

現在、疼痛は大きく、

  • 侵害受容性疼痛
  • 神経障害性疼痛
  • 痛覚変調性疼痛(nociplastic pain)

という観点から整理されています。

ただし、これらは必ずしも完全に独立して存在するわけではありません。慢性腰痛では複数のメカニズムが混在することもあり、患者ごとに疼痛の特徴を評価する必要があります。

また、nociplastic painと中枢性感作は同義ではありません

中枢性感作の基本的なメカニズムや評価については、「中枢性感作のメカニズムと評価」で詳しく解説しています。

中枢性感作は、侵害受容ニューロンの反応性が増大するなど、中枢神経系の疼痛処理に関する生理学的な概念です。一方、nociplastic painは、明確な組織損傷や神経損傷だけでは説明できない疼痛を理解するための臨床的な疼痛メカニズムの概念です。

この違いを理解しておくことは、慢性痛を過度に「脳の問題」と単純化しないためにも重要です。


恐怖回避モデルとは

慢性痛を理解するうえで重要な理論の一つが、**Fear-Avoidance Model(恐怖回避モデル)**です。

痛みを経験したとき、その痛みに対してどのような意味づけをするかによって、その後の行動が変化します。

例えば、

「この痛みは身体を壊しているサインなのではないか」

「動いたらさらに悪化するのではないか」

「このままでは仕事ができなくなるかもしれない」

といった破局的な解釈が強くなると、痛みに対する恐怖が増加し、身体活動を避ける行動につながる場合があります。

活動回避が続けば、身体活動量の低下、身体機能の低下、社会参加の制限などにつながる可能性があります。

さらに、活動を避けることで「やはり動くと危険なのだ」という認識が強化され、再び回避行動が生じるという循環が形成されることがあります。

これが恐怖回避モデルで説明される代表的な悪循環です。

一方で、痛みを経験しても「ある程度の痛みは許容できる」「安全な範囲で動いてみよう」と捉え、活動を段階的に継続できる場合には、身体機能や自己効力感の回復につながる可能性があります。

重要なのは、痛みがあるかないかだけで行動を決めるのではなく、痛みと活動の関係を適切に理解することです。


「安静にする」ことが問題になるのはどんな場合か

ここで注意したいのは、「慢性痛では安静が悪い」と単純化しないことです。

疲労が強い場合や疼痛が一時的に増悪した場合には、休息が必要になることもあります。

問題となるのは、痛みに対する恐怖から必要以上に活動を制限し、長期間にわたって身体活動を避け続けることです。

例えば、

  • 痛みが怖くて外出しなくなる
  • 腰を曲げる動作を完全に避ける
  • 痛みが出ないように仕事量を極端に減らす
  • 歩行距離を必要以上に制限する

といった行動が続くと、身体機能だけでなく社会参加や自己効力感にも影響する可能性があります。

そのため、理学療法では「痛みを完全に消してから活動を再開する」という考え方ではなく、安全性を確認したうえで、患者が必要としている活動を段階的に再獲得するという視点が重要になります。


「頑張りすぎる」ことも慢性痛の問題になる

慢性痛では、活動を避ける患者だけを対象にすればよいわけではありません。

反対に、痛みを我慢して活動し続ける「過活動(overactivity)」が問題になるケースもあります。

例えば、

「今日は調子がいいから家事を全部やってしまおう」

「仕事が休みだから一気に運動しよう」

と活動量を急激に増やした結果、翌日に強い疲労や疼痛増悪が起こり、その後数日間ほとんど活動できなくなるケースです。

このような「活動しすぎる→症状が悪化する→活動を大きく減らす」というパターンは、Boom and Bustと呼ばれることがあります。

この場合に重要になるのが「ペーシング(pacing)」です。

ペーシングとは、痛みが強くなるまで活動するのではなく、活動量や休息を計画的に調整し、過度な増減を避けながら活動を継続していく考え方です。

ただし、ペーシングを「痛みが出る前に必ず休む」という意味だけで捉えると、かえって活動回避を助長する可能性があります。

したがって臨床では、患者の活動パターンを確認しながら、活動量を安定させ、必要に応じて段階的に増やしていくことが重要です。


疼痛教育は「痛みをなくすための説明」ではない

慢性痛に対する介入では、Pain Neuroscience Education(疼痛神経科学教育)などの疼痛教育が用いられることがあります。

疼痛教育の目的は、単に「あなたの痛みは脳が原因です」と説明することではありません。

重要なのは、患者が自分の痛みをどのように理解しているのかを確認し、その理解が過度な恐怖や回避行動につながっていないかを評価することです。

例えば、

「痛みがある=組織が壊れている」

「痛みが出たら運動を中止しなければならない」

「腰を曲げると椎間板がさらに悪くなる」

といった認識がある場合には、現在の医学的知見に基づいて、より適切な痛みの捉え方を患者と一緒に考えていきます。

ただし、疼痛教育だけで慢性痛を改善させることを期待するのではなく、教育を運動療法や活動再開、セルフマネジメントなどの実際の行動変化につなげることが重要です。


理論を臨床評価につなげる

恐怖回避モデルや疼痛メカニズムの知識は、単なる医学知識として覚えるだけでは臨床的な価値が十分に発揮されません。

理学療法士が重要なのは、

「この患者は、なぜこの活動を避けているのか?」

という視点です。

例えば、患者が「腰を曲げるのが怖い」と訴えた場合、単純に腰椎可動域を測定するだけでは十分ではありません。

慢性腰痛では、身体機能だけでなく、痛みに対する認知や活動制限などを含めて評価することが重要です。慢性腰痛の評価とアプローチについては、こちらの記事で詳しく解説しています。

以下のような点を確認します。

  • どの動作を怖いと感じているのか
  • その動作で何が起こると思っているのか
  • 過去にどのような疼痛経験があったのか
  • 実際の活動量はどの程度なのか
  • 痛みを理由に何を制限しているのか
  • 痛みがあっても実行できている活動は何か
  • 仕事や家庭生活にどの程度影響しているのか

このような問診を身体機能評価と組み合わせることで、患者の問題をより立体的に把握できます。

必要に応じて、恐怖回避を評価する尺度としてTSK(Tampa Scale for Kinesiophobia)、破局的思考を評価するPCS(Pain Catastrophizing Scale)などを活用する方法もあります。

ただし、尺度の点数だけで患者を判断するのではなく、評価結果を臨床推論の材料として活用することが重要です。


理論から介入へ:慢性痛に対する理学療法

慢性痛への理学療法では、単一の治療手技だけで問題を解決しようとするのではなく、患者ごとの問題に合わせて介入を組み合わせます。

例えば、恐怖回避が強い患者では、疼痛教育によって痛みの意味づけを整理したうえで、安全性を確認しながら段階的に活動を増やしていく方法が考えられます。

一方、過活動によるBoom and Bustが目立つ患者では、活動量の急激な増減を把握し、休息と活動のバランスを調整することが重要になります。

また、身体機能の低下が明らかな場合には、筋力・持久力・可動域・有酸素能力などを評価し、個別化した運動療法を組み立てます。

つまり、

疼痛メカニズムの理解

心理・行動面の評価

身体機能・活動量の評価

患者ごとの問題点を統合

教育・運動療法・活動再開支援

という流れで考えることが重要です。


慢性痛のゴールは「痛みゼロ」だけではない

慢性痛の治療では、「痛みを完全になくすこと」を唯一の目標にすると、患者が痛みの変化に過度に注目してしまう可能性があります。

もちろん疼痛軽減は重要なアウトカムですが、それだけではなく、

  • 歩行距離が増えた
  • 仕事に復帰できた
  • 趣味を再開できた
  • 外出できるようになった
  • 自分で症状をコントロールできるようになった

といった活動・参加レベルの変化も重要な評価指標です。

「痛みがあるから何もできない」という状態から、「痛みがあっても自分に必要な活動を選択できる」という状態へ移行することは、慢性痛リハビリテーションにおける重要な目標の一つです。


まとめ

慢性痛では、「痛いから休む」「痛みを我慢して頑張る」という二極端な対応だけでは、十分な改善につながらない場合があります。

恐怖回避モデルでは、痛みに対する破局的な解釈や恐怖が活動回避につながり、身体活動や社会参加の低下を介して問題が維持される可能性が示されています。

一方で、過活動によるBoom and Bustのように、活動量を急激に増やすことが問題となる場合もあります。

そのため理学療法士には、疼痛メカニズムだけでなく、患者の認知、感情、行動、身体機能、活動量、生活背景を包括的に評価することが求められます。

慢性痛への介入では、**「痛みをなくしてから動く」のではなく、「安全性を確認しながら、その人に必要な活動を再び獲得していく」**という視点が重要です。

理論を知識として終わらせず、評価と臨床推論、そして具体的な介入につなげること。それが、慢性痛に対する理学療法を考えるうえで重要なポイントになります。

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